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東京簡易裁判所 昭和52年(ろ)319号 判決 1980年1月14日

理由

(当裁判所の認定した事実)

第一自動車速度監視装置(オービスⅢ)の正確性等

一本件犯行に至る経緯

被告人津島二千夫は東京都豊島区西池袋五ノ一三ノ一三東都自動車交通株式会社板橋営業所に勤務し、営業用普通自動車の運転手として自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和五二年一月二八日午前八時に前記会社営業所に出勤し、同日同時刻から翌同年同月二九日午前二時までが稼働時間であつたところ、主として銀座方面を流して稼働していたが、右銀座方面から乗客を拾い池袋まで運搬して同地に降ろし、空車で銀座方面へ引返す途中、東京都中央区築地一丁目一番地付近の首都高速道路を進行し、本件自動車速度監視装置(以下「オービスⅢ」という)の前方で加速して一台の先行車を追越し、進路を右から左に変えようとした時点である前記同年同日二九日午前零時二分ころ、前記オービスⅢにより、その走行速度が、最高制限速度四〇キロメートル毎時を四一キロメートル毎時超える八一キロメートル毎時であると捕捉測定され、昭和五二年二月九日呼び出され、警視庁高速道路交通警察隊で司法警察員により道路交通法違反罪で取調べを受けるに至つた。右オービスⅢが作動して違反車両を捕捉撮影するときは自動的にストロボが発火し赤外線に近い光線が投射されるわけであるが、被告人津島は本件犯行時、右光線を眼にうけて、「やられたかなあと思つた」と自覚しており、前記日時場所で司法警察員にオービスⅢの撮影した速度測定記録写真を示されて、写真に写つている運転者は「私に間違いありません」と認め、普通乗用車(練馬五五う四九―四三)は前記会社の営業車で、私の当日運転したものに間違いなく、写真右上に表示されている数字081は、走行時速八一キロメートル毎時を示すものであるとの説明を受け、これを認めて供述調書に署名指印した。首都高速道路は場所によつて道路標識により六〇、五〇、または四〇キロメートル毎時と最高速度が指定されているが、被告人は本件道路は六〇ないし少なくとも五〇キロメートル毎時だと思つていたと述べ、犯行当時夜中のことでもあり道路も空いていて「そのときは左側を走つている車を追い越してその車の前に出るとき、少し速度を出してしまいました」(被告人の司法警察員に対する昭和五二年二月九日付供述調書)、「感じとしては七〇粁位までではないかと思いました」(被告人の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書)と述べ、前記速度違反の事実を認めたものの、オービスⅢという機械に捕捉されて有罪とされることは納得がいかないと述べ略式手続による裁判を拒否し正式裁判を求めたので本件公訴が提起されるに至つた。

二本件犯行時における被告人運転車両の走行速度が八一キロメートル毎時であつたこと

証人田中熊三郎の当公判廷における供述、同人の証言により作成名義の真正が立証された速度違反認知カード(裏面に測定記録写真添付)に拠れば、本件犯行時、被告人が運転した普通乗用車(練馬五五う四九―四三)の走行速度は八一キロメートル毎時であつたことが認められる。右認知カードの添付の写真は本件道路に設置されたオービスⅢにより撮影された写真であつて、右オービスⅢは後に述べるとおり、その設置箇所を通行する車両が一定の速度を超過して進行すると自動的にその車両の前方から写真撮影する装置で、これによつて撮影された写真には当該速度違反車両の自動車登録番号標(ナンバープレート)と運転者の容ぼう・姿態等(以下「容ぼう」という)のほか、撮影の日時、場所、及び同装置が計測した速度を示す数字が写し込まれる仕組みになつており、前記認知カード添付の写真には、被告人運転車両のナンバープレートと被告人の容ぼうのほか、撮影日時、場所及び計測された速度(八一キロメートル毎時)を示す数字が写し出されている。従つて被告人が本件犯行当時八一キロメートル毎時の速度で走行していた事実は合理的な疑いをさし挾む余地がないものである。これに反し、被告人は、当公判廷では、六〇キロメートル毎時ぐらいで進行した旨述べて否認するが、右主張は、単なる自己の運転感覚に基づくもので、これを裏付ける証拠はなく、被告人の司法警察員及び検察官事務取扱検察事務官に対する供述とも符合しないので到底信用することができない。被告人の供述調書を仔細に検討すると、本件はもともと略式手続による起訴を前提として在宅のまま取調べを受けたものであり、その供述の任意性について疑問を容れる余地はなく、供述全般の信用性の情況的保障も十分であつて、その証明力は寧ろ高いものと言わなければならない。

三本件最高制限速度違反の捕捉に使用されたオービスⅢの測定装置としての正確性について

証人進士克巳、同安富元一、同渋谷透、及び同田中熊三郎の各証言並びに株式会社共和電業作成の自動車速度監視装置取扱説明書(以下「取扱説明書」という)を綜合して考察すると、

1 オービスⅢと称する自動車の速度監視装置はもともと、アメリカ合衆国のボーイング社で技術開発がなされたもので日本の商社株式会社インターナシヨナルがこれを導入し、右商社と株式会社共和電業、東京航空計器株式会社の三者とが提携してわが国の道路事情等に合わせて、新たに共同開発した結果制作されたもので品名が正式にはオービスⅢSと称される自動車の速度測定機器である。本装置は速度検出部と監視記録部から成り速度検出部の二本の感知器(センサー)は1.14メートルの間隔をおいて道路上に埋め込まれており、車両がその上を通過すると、その車両の踏力が電気信号に変換されて高さ約1.3メートルの鉄柱上に固定された監視記録部に送られ、二本の感知器(センサー)の区間を通過した時間をコンピユーターにより時速に換算し、それが予め設定された速度を超えている場合には監視記録部のカメラとストロボが自動的に作動して当該速度超過車両を前方から写真撮影する仕組みになつているものである。

2 速度検出部及び監視記録部の構造、原理精度、寿命等については別に添付する取扱説明書の記述を引用する次第である。本件オービスⅢによつて測定される速度は右感知器(センサー)二本が1.14メートルの間隔(許容規格プラス二ミリメートル)に設置された場合、プラス誤差が絶対に出ない構造になつており、また、本件オービスⅢの監視記録部内のコンピユーターに使用されている電子時計は、一日の誤差が一〇万分の一以下の精密なものであつて、その電子時計を使用して算出される速度は、コンマ以下の数値を切捨てるのでプラス誤差はあり得ない構造となつているものである。この結果、本件オービスⅢで速度測定した場合に生ずる速度の誤差は、車両の速度が四〇ないし七〇キロメートル毎時の範囲内ではプラス零、マイナス三キロメートル毎時、七一ないし一五〇キロメートル毎時の範囲内ではプラス零、マイナス五キロメートル毎時の範囲内におさまり、被検挙者に不利に作用するプラス誤差は絶対に出ないようになつていることが認められる。弁護人は本件現場に設置されたオービスⅢは車両の走行速度が四〇、五〇、六〇キロメートル毎時について実地テストを行つているにすぎず、それ以上の高速走行については、なんら実地テストをしていないので正確性の保障について問題がある旨主張するが、証人進士克巳の供述によると、右実地テストについては、本件現場道路の状況から高速走行による実地テストが危険であるため六〇キロメートル毎時以上での実地テストをしていないのであつて、これに代えて、工業技術院東村山分室におけるテストコースにおいては、四〇ないし一三二キロメートル毎時の場合における実地テストを詳細に実施しており、そのデータも整備されている(取扱説明書表1ないし3)。もともと、本装置の正確性は、例えば四〇、五〇、六〇キロメートル毎時というように三種の速度についてテストをすればその結果に基づいてその他の速度の場合につき、誤差を生ずるかどうかが判明することは前記進士証人の明確に述べているところであり、本件現場に設置されたオービスⅢについては、前記のとおり、四〇、五〇、六〇キロメートル毎時の速度について現場で実地テストを行つており、その結果に基づいて六〇キロメートル毎時を超える速度の場合に誤差が生ずるかどうかについて検討したところ、速度違反者の不利に作用するプラス誤差は全くなく、マイナス誤差も許容範囲内であることが判明しているものである。

また弁護人は取扱説明書に掲記されているオービスⅢの誤差要因を指摘し、取扱説明書の内容と実測データは矛盾していると主張するが、取扱説明書添付の各性能試験結果表を仔細に検討すると所定の精度が保たれていることは明らかであつて、弁護人の主張を肯定することは困難である。

3 オービスⅢを現実に使用するに際し起こりうる問題としては

(一) 天候のはなはだしい変化(四季の寒暖、乾湿の変化、降水状況の変動)、交通量の激しさに起因する場所的条件(常時振動している道路面とその道路に接着した部分に関係装置が設置されていること、その他排気ガス等による影響等)等の外乱条件がオービスⅢの測定性能にいかなる影響を及ぼすか

(二) 感知器(センサー)の耐用期限(寿命)はいくらか、

(三) カメラ本体部の耐熱限界はどうか

等がさらに検討されなければならないわけであるが、本件感知器(センサー)は、「ひずみゲージ式」で連続疲労試験の結果、その寿命は一年間または一〇の七乗回(一、〇〇〇万回)とされている。これはそのいずれかに達すれば使用に耐え得ないという意味であるが、証人進士克己の供述によると、本件オービスⅢの感知器(センサー)は昭和五一年九月三日取り替えられていて、本件発生時である昭和五二年一月二九日まで約五ケ月(一四八日)を経過しているにすぎないから、耐用年数上の問題は生じないものと思われる。又前掲(一)の外乱条件(三)の耐熱限界の問題等将来の長期間の耐用性については科学的検証が未だなされていない段階にあるが、本件オービスⅢについては、警察当局および関連会社が昭和五一年三月から八月まで現場走行車両の実測テストを繰り返し行つており、その後昭和五一年九月三日前記のとおり感知器(センサー)を取り替えた後に行つた検査の結果も正常であつたことが証拠により認められるので、本件審理に当つては特に考慮する必要が認められない。

叙上のとおり本件オービスⅢの測定装置としての正確性は証人進士克己の供述によつても、数々の試験の結果、精度が高いことが科学的に実証されていることが認められるものであるから、この点に関する弁護人の主張は理由がないものといわざるを得ない。

四本件オービスⅢは本件発生時において正確に作動していたか否かについて

本件オービスは、昭和五一年三月二五日本件現場に設置された時に実施した精密点検の結果、及び同年九月三日前記のとおり感知器(センサー)を取り替えた後に行つた検査の結果がいずれも正常であつた事実(証人進士克己の供述、自動車速度監視装置確度点検成績書)、取り替え後においても感知器(センサー)の設置間隔は、1.14メートルであつた事実(証人田中熊三郎の供述)、本件発生日の三日前である昭和五二年一月二六日、監視記録部のカメラにフイルムを装填した時及び本件の二日後である同年一月三一日、同フイルムを取外した時に、田中熊三郎らが速度模擬試験器(シミユレーター)を接続して模擬速度の信号をコンピユーターに送りコンピユーターの演算機能及び速度表示の正確性について試験を行つた際にも正確に作動した事実(証人田中熊三郎の供述)がそれぞれ認められる。更に、昭和五一年三月二五日の設置及び一年後の同五二年三月一九日に基準速度試験器(キヤリブレーター)を使用して行つた精密検査においても速度の計測表示にプラスの誤差はなく正常に作動したことが認められ、その他各部の管理状態も良好であつた事実(自動車速度監視装置確度点検成績書)がそれぞれ認められる。

これらの事実からすれば、本件オービスⅢは、本件犯行日時において正確に作動していたものと認められる。

五速度違反認知カード(オービスⅢ)の証拠能力

「速度違反認知カード」のうち「測定記録写真」欄の外部的状態に関する写真は現場写真であり、それ自体いわゆる非供述証拠であるが、これを添付して作成した速度違反認知カードは刑事訴訟法三二一条三項の「司法警察員の検証の結果を記載した書面」にあたり、同条所定の条件のもとに証拠能力が決せられるべきものと解する。そしてオービスⅢが捕捉し自動的に撮影した写真は、それだけで犯罪事実の日時、場所、測定速度、車両のナンバープレート、運転者の容ぼう等を一枚の印画紙内に写し出し、犯罪事実と犯人との結びつきを如実に顕わすものであるから、証拠価値は大きく、その証明力も高いものと言わなければならない。

第二罪となるべき事実

被告人は、昭和五二年一月二九日午前零時二分ころ、標識によりその最高速度が四〇キロメートル毎時と指定されている東京都中央区築地一丁目一番付近道路において、その最高速度を四一キロメートル超える八一キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転して進行したものである。

(証拠の標目)<省略>

第三弁護人らの主張に対する判断

被告人、弁護人らは、本件の検挙にあたり使用された自動車速度監視装置(オービスⅢ)による捜査は憲法一三条、同一四条、同二一条、同三一条、同三五条、同三七条に違反するとともに、刑事訴訟法一条、同三九条三項但書、同二一八条、同二一九条、同二二〇条及び道路交通法一条に違反し、これによつて得られた撮影写真、速度測定記録等の証拠は、違法に収集された証拠であるから、有罪判決の資料として用いることは許されず被告人は結論的に無罪である旨主張するので、以下順次検討することとする。

一オービスⅢによる写真撮影はいわゆる肖像権、プライバシーの権利を侵害し憲法一三条、同三五条、刑事訴訟法一条、同三九条三項但書、同二一八条、同二一九条、同二二〇条に違反するとの主張について

憲法一三条は、「すべて国民は個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているが、これは、国民の私生活上の自由が警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができ、そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という)を撮影されない自由を有するものというべきである。少なくとも、警察官が正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、個人のいわゆる肖像権を侵害することになり憲法一三条の趣旨に反し許されないものであるといわなければならない。しかしながら、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。そして、犯罪を捜査することは、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察にはこれを遂行すべき責務があるのであるから(警察法二条一項参照)、警察官が一般的に許容される限度をこえない相当な方法で個人の容ぼう等を撮影することは許容され、また、犯人の身近にいたため除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等をその対象の中に含むことになつても憲法一三条、同三五条に違反しないことは判例法上確立した見解であるというべきである(昭和四四年一二月二四日最高裁大法廷判決・刑集二三巻一二号一六二五頁参照)。そして、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容される基準は

(一) 現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて

(二) 証拠保全の必要性および緊急性があり

(三) その撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行われるとき

とせられている(前掲判決参照)。

これを本件オービスⅢによる写真撮影の事案について見れば

(一)  重大な事故に直結する、或いは場合により他人の生命を奪いかねない八一キロメートル毎時という最高制限速度違反の犯罪を現に実行中の者の状況を捕捉する場合であり

(二)  直ちに撮影しなければ現場を走り去つてしまうのであるから証拠保全の必要性があり、かつ、緊急性も存在するといわなければならないし

(三)  その撮影方法も運転者を急停止させる等運転を阻害することはなく近赤外光線を用いて、運転者の視覚を眩惑する危険がない相当な方法で撮影するもの

であるから、まさに前記最高裁判決の示した基準に照らして、写真撮影が許される場合にあたり憲法一三条、同三五条等に違反するものではないと解される。

これに関して証人庭山英雄は、右判例にいう現行犯とは、刑事訴訟法二一二条に定める現行犯逮捕の場合の現行犯の概念と同義で、警察官という人が直接現認するものでなければならないのであつて、オービスⅢによる写真撮影は現行犯性を具備しないから右判例に反すると供述した。しかしながら、右判例は、「現に犯罪が行なわれ、もしくは行なわれたのち間がないと認められる場合」と判示しているにすぎず、人が現認することを要件としていないのであるから、必ずしも人が直接現認し現行犯逮捕しうる場合に限らず、現に犯罪が行なわれているという状態があれば写真撮影ができるものと考えられる(証人青柳文雄の供述、なお、最高裁判所判例解説昭和四四年度刑事篇四九三頁は「この基準は、現行犯の要件あるいはこれに伴う捜索、押収の規定の場合を意味しているように一見みえるが、そうではない。」としている。)

なお、捜査機関がオービスⅢを用いて速度違反を取締るにあたり無制限に運転者を撮影するという事態に至れば、国家機関としての捜査権とオービスⅢによつてつねに監視されなければならない国民の基本的人権との比較衡量において、国民の基本的人権である肖像権、プライバシーの権利が捜査権によつて侵害されるおそれがあるとの誹りを免かれないものと考える。従つてオービスⅢの設置場所や速度違反を取締る走行速度のセツトの基準については慎重な配慮を要するものというべく、設置場所にもよるが、制限速度を多少超えた程度にセツトして写真撮影することは相当ではないものと言わなければならない。本件の場合、オービスⅢの設置場所は幹線道路である首都高速道路であり、証人田中熊三郎の供述に拠ると制限速度を四〇キロメートル毎時超過した八〇キロメートル毎時以上の車両を捕捉すべくセツトして運用されていたものであるから憲法一三条の趣旨に照らしても弁護人の主張の如き違憲、違法の疑いが存しないものということができる。

二オービスⅢによる速度違反取締りは集会および結社の自由を侵害し憲法二一条に違反するという主張について

弁護人らは、オービスⅢによつて写真撮影がなされ、その車両の同乗車が運転者と一緒に撮影されるときは、どのような状況でその場におり、どこへ向かおうとしていたかが明らかにさせられるので、プライバシー権の侵害はもとより集会結社の自由の権利が侵害されるおそれがあり、集会結社の自由に対する抑圧手段としてオービスⅢによる情報収集がなさるれ危険があると主張する。

集会および結社の自由は、民主主義社会の根幹をなす基本的な人権であり、集会の自由とは多数人が特定の目的のために一時的に会合する自由であり、又結社の自由とは多数人が特定の目的のために継続的な団体を構成する自由であることは言うまでもない。そして、多数人とは人数の多寡を問わず二、三人であつても集会および結社になるので、車両の同乗者の場合もこれに該当することは肯定できる。しかしこのことは特にオービスⅢに特有の問題ではなく、従前の速度違反取締りの技術である白バイやパトカー(回転式速度計)、いわゆるネズミ捕り(森田式等)、JRC(光電式)、RS7(レーダー式)の場合においても運転者と同乗者がどのような状況にいたかが取締り警察官に覚知され、更に質問されることもあり得るわけであり、前述のとおり犯罪捜査という公共の福祉のために右の諸権利が相当の制限を受けることは許容されているものと解されるところである。

従つて、弁護人のこの点の主張は採用することができない。

三オービスⅢによる速度違反取締りは憲法一四条に定める法の下の平等に違反するという主張について

弁護人はオービスⅢは(一)普通乗用車等特定の車種のみをその捕捉の対象としており、(二)とくに主としてタクシー運転手を捕捉することを目的としていることが取締りの実態であるから、このことは、憲法一四条が禁止する「不合理な差別」にあたり法の下の平等に違反する旨主張する。

もともと憲法一四条の法の下の平等の趣旨は民主主義達成上の差別を禁止する、いわゆる「差別の禁止」であつて、犯罪捜査は捜査機関の人的物的限界等諸般の事情から全件検挙が困難であり、こうした事情から、交通違反の検挙については捜査官の交通事情に則した裁量が許されるのであつて、特定のものに限つて検挙するが如き裁量権の濫用にわたることがなければ憲法一四条に違反しないものと解される。ところで取締りの対象は

(一) 特定の車種のみに限られているか否かを検討すると、オービスⅢは特殊の大型自動車(これが高速の暴走運転をする事例は少ない)を除いて大型自動車を捕捉することは可能であり(司法警察員渋谷透ほか三名作成の実況見分調書添付の写真参照)、証人田中熊三郎の供述によれば、現に大型トラツクの速度違反を捕捉して三件送致済であることが認められる。

又、ナンバープレートが後方にしかない自動二輪車の速度違反については、車両構造の基本的な差異もあり、これを捕捉し写真撮影することはできるが、その違反者を検挙することは困難である。しかし、これはオービスⅢは自動二輪車による速度違反を取締る能力のない装置であることを前提として承認するほかはなく、自動二輪車の速度違反取締りが全く放てきされているのであれば、普通乗用車との間の不公平性が問題となるが、これらは、白バイ、パトカー等による従前からの取締り方法で検挙されている(証人後藤紀朗の供述など)のであるから、特定車種に限られているという主張は失当であると言わなければならない。

(二) つぎに、とくに主としてタクシー運転手の検挙のみを目的としているかどうかについてみると、たしかにハイヤーやタクシーでは車両と運転者との結びつきが強いので、捕捉が他の車両より容易である事実は、窺われるが、トラツクやライトバン等々の営業用車両や自家用車についてもその車両と運転手との結びつきが認められるのであつて、両車の間に顕著な差異があるものとは考えられない。

従つてこの点の主張も理由がないものと言わなければならない。

証人後藤紀朗の供述によれば、オービスⅢ等の無人方式による速度違反取締り方法は速度違反の主たる取締り方法ではなく、それは他の取締り方法に対して補充的な役割を果しているにすぎないものである。叙上のとおりオービスⅢを用いても特に速度違反の取締りが車種によつて「不合理な差別」が行なわれているという事実は認められないのであるからオービスⅢによる捜査は法の下の平等の原則に違背するという弁護人の主張は採用することができない。

四オービスⅢによる速度違反取締りは、憲法で保障された被疑者被告人の防禦権を侵害するものであるから適正手続の保障を定めた憲法三一条に違反するとの主張について

弁護人らはオービスⅢによる取締りは警察官が現認した上その現場で検挙するものでなく、被告人が気がつかない間に撮られた写真に基づいて後日責任を追及されるものであるから、違反者が違法性阻却や責任阻却の事由について十分に弁解することができず、他方取調べの警察官も違反時の交通状況を知悉していないから、違反者が弁解しえた場合においてもその弁解を十分に理解しえないので違反者の防禦権が不当に侵害されることになり、これは適正手続の保障を定めた憲法三一条等に違反するというのである。

憲法三一条は刑事手続における適正手続を保障し、被告人被疑者に告知と聴聞の機会を与えることが右適正手続の内容をなすものとし、公開の公平な裁判所において合憲的な刑事訴訟法の手続に従い、充分に被告人の弁解を聴き防禦方法を講じさせたうえで審理しなければ刑罰を科せられないことを規定したものであることは言うまでもない。たしかに、従来から行なわれてきたJRC(光電式)、RS7(レーダー式)等いわゆる定置式の速度違反取締り方式の場合には、現場に警察官がいて被疑者被告人の弁解をその場で聴くことができるが、オービスⅢによる捕捉の場合はその場で弁解する機会が奪われるものであることは否定できない。しかし、検挙後十数日前後に違反者の任意出頭を求めて弁解を聴く機会を与えているのが捜査の実情(証人田中熊三郎の供述)であり、この際は、現場でないことを考慮して十分に違反者の弁解を聴くように配慮がなされていること(証人後藤紀朗の供述等)、オービスⅢによる検挙は、いわゆる暴走運転のような過度の速度違反を対象としており、そのような運転をするのは特別の場合であつて、その際の危険な運転をした情況に関する記憶は通常でかなり強く残るものと考えられ、弁護人主張のように短時間に記憶が喪失されるものであるとは経験則上考えられず、又右弁解に沿う立証も捜査官側で収集した証拠を含めて比較的容易であると考えられる。現にオービスⅢによる捜査に従事している証人田中熊三郎の証言によれば、違反者は、取調べにあたつて、違反時の状況を記憶しており、弁明できるものがほとんどであるということであるので、違反者の防禦権が不当に侵害されるという弁護人の主張は理由がないものと言わねばならない。従つてオービスⅢによる速度違反取締りは憲法三一条に違反するという弁護人の主張は採用することができない。

五オービスⅢによる速度取締りは、いわゆる囮捜査とその精神を同じくし、適正手続の保障を定めた憲法三一条、一三条に違反するとの主張について

弁護人らは道路交通法は警察官による運転者に対する指導、警告、交通違反の予防を旨とする法律であるから速度違反をあえて制止しない不作為は、積極的な作為と同視される。刑法上の不作為犯の理論において、一定の作為義務を有する者の不作為は作為と同視されることが認められ、この理論をオービスⅢによる捕捉の場合にあてはめて考えれば、オービスⅢの場合は交通取締りの警察官に課せられた指導予防という法令による作為義務をはじめから放棄しているのであるから、前述不作為犯の理論によるとオービスⅢのみを設置して警察官を配置しないで行つた速度取締り行為は、違法性を帯び、いわゆる囮捜査類似の捜査であるから憲法一三条同三一条に違反すると主張する。

もともと、囮捜査とは捜査官が積極的に犯罪を誘発して検挙することをいい、大陸法においてはこの捜査官の行為が犯罪にならないかという点でアジヤンプロブオカトウールの問題として論ぜられ、また英米法においては、さらにこれによつて検挙された者を処罰できるかというエントラツプメント(「わなの理論」)として刑事学上論ぜられてきたものであることはいうまでもない。従つて、ことさら速度違反を生じさせるよう運転者に働きかけた上で取締るのであれば囮捜査であると言えるが、取締り場所の手前で警察官が指導予告しないだけでは囮捜査であるということはできないものと解する。つぎに囮捜査類似のものであるか否かにつき検討する。そもそも速度違反は指定された制限速度を超えた速度で走行していることの認識を要する故意犯であると解されており、制限速度は標識または標示で示されるのであるから、標識または標示が無いかまたは見えにくい場所を選んでの取締りであれば格別、そうでない限り囮捜査類似のものでもないものと解される。しかも、速度違反の取締りは白バイ、パトカー等により常時行われていることは公知のことであつて、運転者に予測し得ないことではなく、本件オービスⅢによる取締りについては、すでに新聞紙上等に広報されており、その上、本件道路には本件発生当時「無人速度取締機設置路線」である旨の立看板が設置されていて、事前に運転者に予告され警告を与えているのであるから、オービスⅢによる速度違反の検挙が無警告の抜き打ち検挙であつて囮捜査に類似するから憲法一三条、同三一条に違反するという弁護人の主張はその立論が極めて薄弱なものというべく到底採用することはできない。

ちなみに、本件オービスⅢの前方三〇〇米の地点に設置されている警告板について検討すると、

警告板(自動速度取締設置路線」と表示)は、運転者に対して制限速度を遵守せよという交通指導の意味と自動速度取締機で取締りを実施中である旨の運転者への予告の意味とを有するものと考えられるが、右警告板は政令に定めるところにより都道府県公安委員会が設置する道路標識等と異なり、捜査機関の運転者に対する警告にとどまるものであるから、本件オービスⅢを使用して速度違反車両を捕捉するためには必ずしも必要不可欠なものではなく、運転者から警告板の文字等が視認できるか否かは制限速度違反罪の成否を左右するものではないことが明らかである。しかしながらオービスⅢによる速度違反取締りが主として自動車運転者の速度違反の抑止効果を最大の目的とするものであるとせられている以上、弁護人らの主張のいわゆる囮捜査類似のものであるとの非難を回避するためにも、走行中の運転者から一目瞭然たるものにすることが捜査機関に課せられた責務であると言わざるを得ない。

当裁判所の検証の結果に拠ると、本件道路には制限速度四〇キロメートル毎時を示す道路標識が約一キロメートル内に四ケ所設置されていて、運転者から容易に識別しうる状態にあることが認められるが、警告板は検証調書添付の写真のとおり、その設置位置、警告板自体の大きさ、文字の大きさ等からみて、走行中の運転者が看過するおそれも多い状況にあることが認められる。とくに速度違反が発生しやすい夜間時においては、警告板自体に照明が設置されておらず、また文字に夜光塗料ないし螢光塗料が施されていないので、運転者に比較的気づかれ難いものとなつている。この点捜査機関はオービスⅢでの取締りにつき他県で実施されている例を参考として、運転者が見落すおそれのない警告板に改善する等適切な措置を講ずべきであると言うべきである。

六道路交通法違反の成否の判断基準に照らしてオービスⅢによる取締りは違法であるとの主張について

弁護人らは、速度違反罪の成否を判断するにあたつては、道路状況、車の流れ、並進、先行、後続車両との距離、速度を出すに至つた事情など、当該事案の具体的内容を検討し、単に制限速度を超過したのみでは違法性、有責性ありと見るべきでないと主張し、オービスⅢを用いて速度違反の取締りをすることは前記装置は当該車両の速度しか把握できないので、違法性、有責性の判断材料を欠くことになり、これは証拠裁判の原則にも違背し、補強証拠も被告人の供述にとどまるから被告人の防禦権を侵害し又証拠裁判主義にも反するので憲法三一条、刑事訴訟法三一七条に違反すると主張する。

思うに、道路交通法所定の制限速度違反の罪はいわゆる抽象的危険犯であり形式犯でもあるから、車両が指定制限速度を超えれば、抽象的危険の存在が法的に推定または擬制されるものであると考えられる。

すなわち、権限を有する公安委員会が道路交通法一条に定める目的達成のために必要であると判断して指定した最高速度の制限を超えて車両を運転したことが明確である場合は、たとえ具体的に交通等の危険が発生していない場合においても、更にその時点における周囲の状況や前後の道路事情を分析して具体的危険の有無を確定するまでもなく、その制限速度超過の運転自体、交通の安全を害するおそれがあるものとして、換言すれば抽象的危険があるものとして速度違反の罪が成立するものと解される。制限速度違反罪を弁護人の主張するように具体的危険の如くに把握すると、個々の速度違反罪の審理において、危険が発生したか否かの具体的立証を捜査機関に要求することになり、そのため危険が発生したことの証拠の収集、保全が必要となつてくるが、現場で速度違反の検挙にあたる警察官にそこまで要求することは、捜査の実情から困難であると言わなければならない。しかしながら抽象的危険犯においてもある程度の危険性の存在が必要であることは言うまでもなく、全く危険でないときは処罰すべきでないことは論を俟たない。

ところで、本件オービスⅢによる捕捉の場合においては、この意味で速度測定写真のみならず、事後の取調べの際に被疑者の意見、弁解する機会も与えられており、その際違法性、有責性の存否について主張することも可能であつて、これらの判断材料を欠くわけではなく、弁護人主張の如き証拠裁判主義の原則に違背するようなことは全く存しない。従つて弁護人のオービスⅢによる捕捉は憲法三一条、刑事訴訟法三一七条に違反するという主張は採用することができない。

七更に、弁護人は前掲各主張に関連して、オービスⅢによる取締り検挙は交通指導等の適正化と合理化に関する警察庁次長通達等の内部通達に違反する違法な検挙であると主張する。

そこで検討すると、オービスⅢはその設置が公開されており、本件現場は、都公安委員会が道路交通法一条の目的達成上必要であると認定して、最高速度を四〇キロメートル毎時と指定した場所であり、多数の道路標識によつて最高速度が四〇キロメートル毎時と指定されていることは当裁判所の検証調書により明らかである。そして同所は堀割部であるため橋脚が走行車線と追越車線の中間に設置されているうえ、最も狭隘な個所では僅か3.4メートルの道路巾員しかなく、かつ、やや屈曲していて、速度超過によるハンドル操作の誤りと推定される横転事故、橋脚への激突事故が多発している場所である(証人田中熊三郎の供述)から、高速走行による交通の危険性は高く、従つて都公安委員会が同所の最高速度を四〇キロメートル毎時と制限したことも合理的な措置であると首肯できる。

しかも、本件オービスⅢは、非反則行為となる暴走運転、すなわち最高速度を二五キロメートル毎時以上を超える速度で運転している車両を捕捉するように運用されている(証人渋谷、同田中の各供述)のであるから、本件オービスⅢで捕捉される制限速度違反は、すでに考察したとおりその走行速度のみで具体的危険が発生しているとも言えるものである。従つてこの点に関する弁護人の主張も又採用することができない。

以上検討したとおり弁護人らの主張はいずれも理由がなく採用することができない。もとより憲法三一条が法の適正手続を保障していること等にかんがみると、証拠物の押収等の手続に憲法三五条及びこれを受けた刑事訴訟法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないとして認められる場合にはその証拠能力は否定されるべきものと解されるところである(昭和五三年九月七日最高裁判所第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六二七頁参照)が、本件オービスⅢによる撮影写真と速度測定記録等の証拠は、その収集手続において憲法三一条、同三五条、刑事訴訟法二一八条、同二一九条、同二二〇条等に違反するものではなく、またすでに第一の五で検討したとおり本件撮影写真、速度測定記録等の証拠は刑事訴訟法三二一条三項により証拠能力を有するものであるから、これを証拠として用いることは許容されるものと解する。

その他弁護人の主張する前掲いずれの法条にも本件証拠は違反するものではなく、違法に収集された証拠に当らないものと考える。

第四情状

被告人は昭和三七年五月二八日中野簡易裁判所で傷害罪で罰金七、〇〇〇円に処せられ、昭和四八年一〇月二五日東京簡易裁判所で猥褻文書等所持、販売罪で罰金一五万円に処せられている等の前科は暫らく措くとしても、昭和五一年七月一二日墨田簡易裁判所で道路交通法違反罪(制限速度三八キロメートル毎時超過)で罰金三万円に処せられており、なお同五一年以降においても五件の道路交通法違反の検挙歴を有するものであることが検察事務官作成の前科調書、司法警察員作成の捜査報告書で認められるところであるが、本件道路においては、最高制限速度を四一キロメートル毎時も超過した無謀運転を敢行し、その際被告人は走行車線を進行中の一台の車両を追い抜いて左に進路変更した直後、本件オービスⅢに捕捉撮影されたものであつて、その運転行為は極めて危険なものであつたといわざるを得ない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は道路交通法二二条一項、四条一項、一一八条一項二号、同法施行令一条の二―一項に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金五〇、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(小林俊彦)

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